川越いもの来歴|川越いものさつまいも彦兵衛|埼玉県川越市

さつまいもの中でもおいしいと評判の川越いも
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さつまいも彦兵衛
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さつまいも彦兵衛
〒350-1159
埼玉県川越市中台2-1-29
川越いもの特徴
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川越いもの来歴
川越いもの栽培の歴史は古く、享保年間八代将軍徳川吉宗の命を受け青木昆陽の努力により広く奨励された時代でおよそ370年前である。 同時武蔵川越領、南永井村の吉田弥右衛門という人が幕府の薬園(現在の東京小石川植物園)から種いも数個をもらい受け、畑に植えたのが始まりで、近隣近村にひろがり、天明ききんには求荒作物として大きな威力を示した。 これが当時の江戸住民に紹介され、川越城主が10代将軍徳川家治に献上したところ、皮色の鮮紅で食味も佳良なところから川越いもと名付けられ、江戸の人々に大いに賞味されました。 「栗よりうまい十三里半」とは江戸と川越の距離(船で新河岸より江戸へ運ばれ)と川越甘藷のうまいことを言い表したものです。
  甘藷栽培法を確立した赤沢仁兵衛は、明治時代のさつまいもの先生と言われ、今福村(川越市)に生まれ、さつまいもの増収栽培の研究に没頭し、明治初年に基本的方法を確立した。その栽培法の要点は、良い苗をいかに多くとるかの育苗法の研究と、高うね栽培法と堆肥と米ぬか、灰を使った施肥法の確立であった。今日でもなお通用するものが多く、川越名物「芋掘り観光」が川越今福で隆盛を迎えることにもなった。  
紅赤は明治31年埼玉県北足立郡木崎村大字針ヶ谷(浦和市木崎)の畳屋たる山田啓太郎の妻、山田いちが、甘藷を収穫したとき外皮の鮮紅色を呈する形のよい1株を発見したので、これを種いもとして翌年試作したが、やはり前年と同様美麗ないもを生産した。その外皮の色により紅赤と命名した。 川越いもは、皮色が鮮紅、形は紡鍾型で美しく、肉色は黄色で粉質度が高く、特に食味は絶佳で、食欲をそそる。  
  現在は紅東が多く作られるようになり、また近頃は新品種が多く、ねっとり系の糖度の高いさつまいもが好まれるようになってきております。お客様ニーズに応えられるよう、栽培品種が増えてきております。 さつまいもの収穫時期は9月半ば〜11月です。
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